『参禅の道』

曹洞宗参禅道場の会 会報『参禅の道 第81号』に掲載されました。
祥雲寺やメタバースでの坐禅会、メタバース仏教について書かせていただきました。

坐禅会紹介×仮想僧伽探訪
現実世界とメタバースで坐禅する

愛知県瀬戸市 祥雲寺副住職
江川正司

 こんにちは、祥雲寺副住職の江川正司と申します。平成8年生まれのZ世代です。駒澤大学禅学科卒業後は大本山總持寺に一年半安居しました。上山したのは、ちょうど新型コロナウイルスが流行する直前で、パンデミックによる世界的な混乱の中、本山で過ごしていました。祥雲寺は愛知県と岐阜県の県境に位置する三国山のふもとにあります。不便な所ですが、カモシカやイノシシが寺院に現れることもあり、春にはタケノコが採れるなど、自然に囲まれた環境です。 

  現在、私は祥雲寺の本堂とメタバース空間で坐禅会を行っています。今回は、それぞれの世界での坐禅会についてご紹介させていただきます。

1現実世界からの参禅(祥雲寺坐禅会)

 祥雲寺の坐禅会は去年(令和5年)の4月に始まりました。月に1回の頻度で行っております。普段お寺にあまり来ない若い世代に来ていただきたく、告知をインスタグラムのみに限定し、参加しやすい17時開始にするなどの工夫をしております。

スケジュール
17:00 挨拶・坐禅の説明
17:15 坐禅(15分)
17:30 経行(5分)
17:35 坐禅(15分)
17:50 茶話会

 初めて坐禅をする方も多いので、毎回姿勢の調え方や、息の調え方など丁寧に説明することを心がけております。今のこの時間を共有した人たちとのご縁を大切にしたいので、坐禅の後には茶話会を開き、お茶を飲みながら、参加者さんの感想や意見を聞いたり、禅の教えを紹介させていただいたりと交流できる時間を設けております。 

 お仕事などで忙しい日常を過ごしていて、家でゆっくりしていてもついスマホを触ってしまうなど、何もしない時間は普段なかなか持てないと思います。お寺という非日常の空間で何もせず、ただ座るという時間を楽しんでいただけたらと願っております。

2メタバースからの参禅

⑴メタバースってなに?

 メタバースはインターネットの中にある空間です。私たちは「アバター」、つまり自分自身の分身を使ってその空間に入ります。メタバース内には他にもユーザーがいて、コミュニティや文化がありますし、そこで商品を売ったり、メタバース内で労働したりして、お金を稼ぐこともできます。 また、メタバースはすべて人間によってつくられた世界で、すべて人間がどんなものも再創り出すことができます。

 また、メタバースで活動する自分自身もデザインすることができます。自分の外見も自由に変えることができます。匿名の世界ですので、自分で名乗ってしまえばそれはその人の名前になります。アイデンティティさえも自分でデザインできます。物理的な束縛から開放され、作りたいものが何でも実現できる世界、なりたいものになれる世界がメタバースです。

 メタバースも一つの社会です。社会にはその社会特有の文化があります。メタバースにもメタバース文化があります。例えば、音楽イベントが盛んです。メタバースは現実世界と比べて簡単に発表ができるので、メタバース空間でライブを行うアーティストも多く存在します。クラブの「ワールド」もあります。その「ワールド」に集まってDJの音楽を楽しむという文化もあります。他にも「お砂糖」といった、メタバース空間だけの恋愛関係もあります。

 このように、発展途中ではありますが、メタバースにも現実世界と同様でメタバース独自のコミュニティがあり、文化があります。

⑵バーチャル坐禅会

 clusterというメタバースのサービスを使い坐禅会を行っております。clusterは日本のcluster社が開発したメタバースです。clusterは日本製なので、日本語によるコミュニケーションが盛んな上、高性能のパソコンやVRゴーグルがなくても、スマホやタブレットなどで簡単に入れるという利点があります。

 バーチャル坐禅会は月に一度のペースで行っております。20時か21時開始で約一時間のプログラムになっています。2022年の4月に始めてから2年以上経ちました。バーチャル坐禅会の参加者がリアルの坐禅会にも参加してくれたこともあります。

 バーチャル坐禅会の内容は、まず坐禅の説明をします。こちらもリアルの坐禅会と同じように初心者の方も分かりやすいように説明した後に、実際に十分間座ってもらいます。その後はお盆やお彼岸など季節の話題、「煩悩」や「仏像」など様々なテーマを決めてお話させていただいております。終わったらもう10分座って、記念写真を撮って解散。(メタバースでは、アバター同士で集まって写真撮影をするという文化があります。)

 VRゴーグルで参加している方は被ったまま座ってもらい、PCやスマホで入っている方は画面を見ながら座ってもらいます。VRゴーグルで入ると現実世界の自分が座ると連動して、アバターの自分も座ります。一方PCやスマホで入る場合はアバターを手動による操作で座らせて、自分自身も座る形になります。

 VRゴーグルなんか被って坐禅できるのって思いますよね。私もメタバース内で坐禅を行うにあたって、そこは心配でした。しかし、実際にやってみて全く問題なく、参加者も坐禅をすることができました。ヘビーユーザーにとっては、VRゴーグルは普段の生活の一部になっています。中には1日に3時間以上VRゴーグルを被っているという人もいます。VRゴーグルを被って行う飲み会をしている人もいれば、VRを被ったままフレンドと一緒に実際に睡眠する「VR睡眠」をしている人もいます。そういう方にとってVRゴーグルを被っての坐禅をすることはとても簡単なものになります。

 現実世界のごちゃごちゃした自分の部屋よりはVR空間の方が瞑想に集中できるという声もいただきます。また、VRゴーグルを装着することで、スマホを見ることも、通知に気付くこともできなくなります。ある意味デジタルデトックスをすることができます。現実世界で行う体験には、かなわないとは思いますが、VRを使えば簡単に集中できる空間をつくり、だれと共有することもできます。

  アメリカの企業が開発した「TRIPP」というVR瞑想アプリがあります。美しい空間の中で音声ガイダンスに従いながら瞑想をすることができます。実際に使ってみたのですが、広々とした宇宙空間の中で、呼吸に合わせて星屑が自分の口元を出たり、入ったりするなどの視覚的なアプローチもあり、坐禅とは違いますが、瞑想をすることができました。現時点では日本語には対応しておりませんが、全世界から100万回以上ダウンロードされています。

 バーチャル坐禅会では、坐禅をしたことがない人に坐禅をするきっかけを提供することを目標に行っております。坐禅をしてみたいと思っている方はいますが、実際に足を運んだり、オンラインの坐禅会に申し込んで参加したりするのはハードルが高いと思います。メタバース内では簡単に移動をすることができるので、他のワールドでお友達とおしゃべりをしてて、坐禅会の時間になったらボタンを押すだけで坐禅会の会場に一緒にいくこともできます。

  参加者の中には運転中で坐禅はできないけど、坐禅のあとの話を聞くために車内からスマホの音声だけで参加してくれる方もいます。座らなくてもいい坐禅会です。こうやって自分にあったいろんな方法で参加できる気軽さもバーチャル坐禅会の良さだと思います。

 今では何度もバーチャル坐禅会に参加してくれる常連さんもいますが、ほとんどの参加者にとって、この坐禅会が初めての体験でした。

⑶お坊さんがメタバースに参加する

 バーチャル坐禅会を開催することとは別に、お坊さんアバターで、お坊さんとしてメタバースに入り、イベントなどに参加することも大事にしています。 他のワールドに遊びに行って交流したり、他のイベントに参加したりしています。そういった所をきっかけにバーチャル坐禅会に参加してくれたり、仏教に興味を持ってくれたりする人もいます。「用事なくても話せるお坊さんってあんまり周りにはいないから良かった」という声もよく聞きます。

⑷大縁寺

 今年の1月に、メタバース内の友達に協力していただきメタバースにお寺を建てました。メタバースでのご縁が広がり、さらに大きくなることを願って「バーチャル山大縁寺」という名前にしました。 バーチャル坐禅会の会場にすること以外にどうやってお寺を使うかは決めずに、「メタバース内にお寺があったらどうなるのか?」という疑問から実験的な目的で開山してみました。(実験的にお寺も建てれちゃうのもメタバースのいいところです。)

 お寺の利用者の中には在家信者で、勤行をしたいがする場所がないので大縁寺に入って毎日六時にお勤めをしている方もいます。 他にも、アバター制作者で毎回新作ができるとそのアバターで願掛けのような意味で大縁寺に参拝しにきてくれる方もいます。こういう形で大縁寺を利用する人がいるというのは想定外でした。

⑸メタバース仏教

 仏教は多様性の宗教です。インドでうまれた仏教ですが、アジアの国々だけではなく、アメリカやヨーロッパなど様々な国に仏教は伝わりました。 日本仏教や中国仏教、アメリカ仏教などがあるように、その土地の文化や風土にあったそれぞれ仏教が展開しております。 このメタバース社会にあったメタバース仏教や仏教文化をつくることを目標にしています。

 私は、現実世界は祥雲寺の副住職で、メタバースでも「お坊さん」として活動しています。メタバース仏教・仏教文化はまだまだ未発展ではありますが、両方の世界でお坊さんをしている私の視点から、現実世界と比べたメタバース仏教ならではのことを書かせていただきます。

1. 対等

 現実世界には、僧侶と一般の方の間にどうしても壁ができてしまいます。しかし、メタバースでは僧侶と一般の方の距離が近いという特徴があります。 そもそも、メタバースはなりたいものになれる世界、お坊さんのアバターでお坊さんとして活動したら、お坊さんです。賛否両論あるとは思いますが、メタバースはそういう世界です。 だからこそ、坐禅会をしていても、疑問に思ったことはなんでも聞いてきますし、自分の意見を主張してくる方もいます。そういう世界だからこそ、私自身勉強になります。メタバースでは意見を交換しながら、お坊さんと一般の方が一緒に仏教を学んでいくと思います。

2. 人それぞれの信仰

 メタバースでは仏教の信仰や、取り組み方も人それぞれです。現実世界でも仏教徒で坐禅会に参加する方もいれば、キリスト教徒だけど、坐禅会に参加する方もいます。 熱心に読経などのお勤めをする人もいれば、仏教を信仰してはいないが、教えに興味があって聞いているだけの人もいます。

3. 超宗派・超宗教・異業種との繋がり

 メタバースにはいろんな方がいます。他の宗派僧侶と一緒にイベントをすることもあれば、他の宗教者や全く違う業種の方と一緒にイベントをすることもあります。また、自分主催のイベントだけではなく、ゲストとして他の人のイベントに呼んでもらい対談などをすることもあります。いろんな方と繋がれるのがメタバースの魅力です。

4. ゆるさ

 アバター同士なので現実世界と比べて敷居が低くなります。現実世界の坐禅会では難しいですが、坐禅中でもボタン一つで簡単に退出することもできます。気軽に参加できること、仏教に対する敷居が低いです。

5. エンタメ性

 現実世界だと葬式や法事など静かな雰囲気の中で読経をすることがほとんどだと思います。私もメタバースで読経をすることがありますが、雰囲気は全く違います。メタバースではお経を読むと拍手と紙吹雪が舞います。メタバースの仲間たちと楽しく読経をしています。 メタバースには、ギターで般若心経を読む人や、DJでお経を流している僧侶もいます。デザインしたものがすべて現実になる世界です。やり方次第でいろんな演出を使って仏教を伝えていくことができます。

3これから

 現代、お寺離れや仏教離れが問題になっています。しかし、その一方で、混沌とした時代だからこそ、仏教や禅の教えを求める人々も少なくありません。お寺離れや仏教離れにはお寺や仏教が社会に歩みよる必要があると思います。変えてはいけないことはありますが、さまざまな伝え方や方法で伝えていき、求めている方にとどける必要があります。メタバースでの仏教の在り方には、現実世界でも布教するヒントがたくさんあると思います。メタバースの経験を現実世界にも活かしていきたいです。

 メタバース仏教も一人では、つくれるものではありません。今メタバースで活動している僧侶や一緒に協力してくれる方、そしてバーチャル坐禅会などのイベントに参加してくれる方、メタバースでお坊さんと関わってくれる方。一つ一つのご縁が重なってメタバース仏教というものが形になっていくと思います。物理的な距離はありますが、人と人の繋がりによって成り立っているメタバースだからこそ、ご縁、一つ一つの出逢いを大切にしていきたいです。現実世界でももちろんです。

 今回、執筆の機会をくださった青野貴芳師、最後までお読みいいただいた読者の皆様、祥雲寺坐禅会やバーチャル坐禅会に参加してくださる皆様に深くお礼を申し上げ、私のご挨拶とさせていただきます。

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